L'Appréciation sentimentale 2

映画、文学、漫画、芸術、演劇、まちづくり、銭湯、北海道日本ハムファイターズなどに関する感想や考察、イベントなど好き勝手に書いてます

想田和弘監督『THE BIG HOUSE』

待望の想田和弘監督による観察映画第8弾『THE BIG HOUSE』をようやく見ることができた。ミシガン大学vsウィスコンシン大学アメリカンフットボールの試合が行われるスタジアム、通称THE BIG HOUSE。収容人数が11万人を越えるというから、我が日本ハムファイターズの本拠地札幌ドームのおよそ3倍弱に当たる。こうなるとほとんど小さい市の規模だ。しかも、THE BIG HOUSEで行われる試合で、観客数が10万人を下回ったことがないというから、驚きの観客動員エネルギーである。プレイグラウンドと観客席の途方もない巨大さの対比、観客の凄まじい熱狂が随所に映像に映し出されることによって、アメリカという国の恐ろしいまでの巨大なスケールが露わになる。

だが、単に数が巨大だからスゴイという単純な見方は、この作品の一側面でしかない。このスタジアムにかかわるあらゆる人たち、観客やプレイヤーはもちろん、スタジアムのスタッフ(警備員、レストランのシェフや店員、営業スタッフ、記者、カメラマン、場内放送アナウンサー、掃除業者、医務室の医師と看護師、ダフ屋、大道芸人etc)など数え切れないくらいTHE BIG HOUSEに従事するミクロのまなざしから、アメリカという巨大なマクロの世界を対比させているところに想田監督の慧眼がある。

特徴的なのは、何よりも突き抜けた明るさだ。ミシガン大学への愛校心、帰属意識のプライドがチアリーダーや応援演奏の熱狂ぶりは、底抜けの笑顔と身体的躍動感で満ちている。折しも、この作品の撮影がちょうど2016年のアメリカ大統領選挙の前ということもあり、所々に、トランプやヒラリーを批判したり賞賛するメッセージや横断幕が掲げられている。単なるスポーツの祭典ではなく、試合に集う人たちに向けた政治的プロパガンダが垣間見えるのだ。

ミシガン大学ロゴマークであるシンボルカラーの黄色と青で構成された「M」のロゴを、星条旗や日の丸に変えたらどうなるだろうか?それはもはや国に熱狂する狂気的な姿に変貌する。10万人の人間と一体化して酔いしれる感覚が、戦争への熱狂に転じた場合、どういうことになるのか?もはやスポーツの試合に熱狂するだけではない、凄まじいまでの群集心理の危うさと紙一重だ。

といっても、もちろん、THE BIG HOUSEは、北朝鮮のような将軍様を礼讃するマスゲームではない。ホームカミングパーティで、奨学金のおかげでミシガン大学を卒業できた感謝の辞を現学長に述べるオハイオ州出身の卒業生や、巨額の寄付によってVIP特等席で試合を観戦するOB(とその家族もみなミシガン大学出身である)のように、連綿と続く感謝の様式が、狂気的群集心理の危うさを中和する作用として果たされている。

余談だが、ミシガン大学は数学者、藤原正彦氏が留学した大学だ。『若き数学者のアメリカ』(新潮文庫)で描かれたように、冬の厳しさでノイローゼになった土地でもある。また、ミシガン州デトロイト自動車産業の衰退と財政破綻は、ミシガン大学の間近で起こっているのだ。ミシガンという土地にも、アメリカという国の光と影の凄まじいまでの落差、対比が隠れているのである。